971.前回、スマホでは役不足と言いました。
ところで、スマホって。。。?なに?
いや、スマホはスマホ…でしょう?
そもそもは携帯電話。。。一部のビジネス分野以外、個人のコミュニケーション道具としてはもうオワコンですよね。
?オワコンもオワコンか?
SNSを使う、タッチやコード決済をする、ゲームをする、音楽を聞く、動画を見る。。。チャッピーと話す、そんな機械…、という感じですかね?
1980年代後半、コンピューターが広く世の中で使われるようになり、パソコンというものも個人が買える様になってきた。
OyZが某コンピューターメーカーで仕事をしていた頃です。
IBMの3090というシステムがあって、メガバンクがこぞって導入していた、1台数億円〜するコンピューターが有りました。
最大のメモリーが512MBとかで、今のスマホは4GBメモリーではしょぼいし、8GB,16GBは当たり前ですよね。
確かOyZがいた会社のマシンも、32MBの追加メモリーを搭載するのに、1000万位かかったかなぁ…?メモリーだけですよ!
もちろん、そうしたコンピューターは最小でも20畳くらいのマシン室に入っていて、24時間専用のエアコンで温度管理がされていた。
そんなコンピューターの計算能力は…、あなたの手元のスマホの数千分の1程度しかなかったのです。
そう、今あなたの手の中にあるスマホは、銀行の勘定系システムの数千倍の計算能力を持ち、スーパーコンピューター並の画像処理ができ、巨大なデーターセンターのAIシステムを使うことができる。
世の中のあらゆることにアクセスできて問題解決に導いてくれる、コンピューターと言うよりも”相棒”ですよね。
アプリに応じて何にでもなれる達人。。。、機能や目的が一つではないということです。
そんな機械って、身の回りには他にはないですよね。
それで役不足ってドーユー意味?
もちろんスマホカメラの機能もどんどん進化して、一眼よりも秀でた機能を持っているものもたくさんあります。
AI化されたカメラアプリは、いらないものを消してくれたり、他の画像と合成してくれたり、カメラを超えた機能を提供してくれる。
明るさは自動で調整してくれるし、動画をとってもブレないし、ついでに編集までしてくれる。
いつでもどこでもなんでも撮れる。。。
だからそれって…、カメラではないのです。
あくまでもスマホについてるカメラ機能。
これはOyZがいつも言ってる、写真と暮らすためのカメラとは違うということ。。。
写真と暮らすためのカメラは、いつでも、どこでも、何でもは撮れません。
思ったように撮るためには、それなりの思考と努力が必要ということ。
スマホカメラは写真を撮ってくれる。
もちろん、構図やデザインをすることは可能ですが、ピント位置や明るさ、シャッタスピードで動きをつけるとか、逆光のときにゴーストを制御するとか、色々やろうとするといきなりハードルが高くなります。
やはりそこはカメラとして使うことを主としてないので、どうしてもカメラはおまけの機能に成り下がってしまう。
見た目のものを、その瞬間記録する…、というのが正しい使い方でしょうね。
どんな写真を撮りたいのか、その写真はどう見られるのかを考えると、スマホで撮るのがいいのか、カメラで撮るべきかが見えてくるはずです。
機械的に最も大きく異なるのが、センサーサイズとレンズの大きさですので、このブログに継続して付き合ってくれている方には、それで何が変わるのか、分かるはずです。
先日、久々小田原の方まで足を伸ばし、梅の咲いているところへ行ってきいました。
まだ咲き始めの木も多く、小さな花弁を開いたばかりの可愛い娘や、大きく開いて陽の光に透かされる可憐な姉妹など、素敵な被写体を見つけるのがひさびさ楽しかったですね。
何を魅せるのか、どう表現するのか、可憐さや妖艶さ、誇らしさや儚さ、これから春に向け咲き始める花たちは、小さな花弁に精一杯の思いを込めると感じます。
思いを込めて、記憶に残す写真を撮りましょう。
春ももうそこまでなんですけど、今日は雪が降り、明日も寒いとか。
まあ、家にこもってるので、記事が一つ増えたわけですね!
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